日々思うこと



せめて1年に1度くらいは手を合わせましょう



午後に親戚の伯父夫婦が焼香のためにいらっしゃいました。
別に遠いわけじゃないんだけど、さすがに「自転車できました」って言ったらかなりびっくりされる距離だから、会うのは久しぶり。
みんな大きくなったこともあって、年始にすら集まることがなくなって久しいのです。
焼香をしてもらって、すぐに伯父夫婦は帰ってしまったので、せっかく帰省している兄とも会えずじまい。
がっかりしてたんじゃないのかな、そうは言わなかったけど。

その後、わたしは兄の運転する車で買い物へ。
さすがに自転車で走り回りたい天気じゃなかったし、せっかくいるんだもの。使わないと(笑)
来月に迫った友人の結婚式に備えて、小物だとかバックだとか服だとかを買いにいったわけです。
といっても、ほとんど...つか全部、店の人任せだったんですけども。
...着てみせたら、絶対母が一言二言、文句(?)を言うのは目に見えているので、実はあまり家では着たくないわたしです(笑)
そして更にその後、兄とともに伯父宅へ。
父方の祖父母の仏壇が、伯父宅にあるのでした。
先日、ジャムを届けにお邪魔したことがあったのですが、焼香せずに帰ってきてしまったし...
兄もせっかく帰省しているのだし、ここ何年か会えずにいる従姉弟にも会いたいし...
理由なんかどうだっていいんですけど(笑)

いざ仏壇を前にして、わたしはある人の話を思い出しました。
新たなお葬儀をする場合、地域によっては仏壇の扉を閉めてしまうのだとか。
本当は、故人がご先祖様のもとへ行くための道だから、それはだめなんだそうです。
「閉めたかったら閉めてもいいよ」なんて仰るご住職もいらっしゃるようですが...やっぱり閉め出しはねぇ...
って、話がずれた(笑)
つまり、迎えに来てくれたご先祖様は、御仏壇の中にいるってこと、ですよね。
お盆で帰ってきた方々も...そこにいるということ、なんだろうと思うんですが。

なーんにも見えないです、わたしは。
感じることもできないし、正直に言えば、居るのかどうかなんて普段は考えもしない。
ただ御本尊を見て、位牌を見て...居るのかなぁ、なんてちらっと思いましたけど。

普段は1日中灯っているわけじゃない、蝋燭の明かり。
お焼香したらすぐに消してしまう、1対の炎。
最近は、蝋燭を象った電球みたいなのがあって、それを使う家も多いらしい(かくいう伯父の家もそうだった)
だけどこれって、一体何のために灯しているんだろう。
お盆の迎え火はわかるんだけど。
普段は居ない人のために灯しているの?
それとも、普段もそこに居る人のために灯すべきなの?

...何だかよくわからない世界だなぁ。
生きている人間のすることだから、それも当然なのかもしれないけど。

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by gekka131 | 2006-08-14 23:30 | 日記
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