日々思うこと



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スキン変更


なぞをしてみました。
別に理由はないけど、気分転換・・・にはなるかなとか何とか。

先日友人と久しぶりに電話をして、「今年もあと1月半で終わるよ」なんて話をしました。
時間が経つのは早いなと思った瞬間。
夏頃まではものすごく遅く感じていたのに、何だか不思議な感じです。
過ぎた時間というのは、短く感じるものってことですかねぇ・・・

さて・・・これまでに何度か仄めかしてきたことではありますが、わたしは今月末をもって、今現在の職場を辞めることとなりました。
自主退社という形になるであろうことが非常に不愉快ではありますが、でもそれを覆すだけの気持ちがなくなりました。
得られるものが何もなかったとは思わないし、無駄な月日だったとは決して思いません。
だけど、自分の心をすり減らしてまでしがみつきたくはありません。

ある意味、特殊な仕事であるとは思います。
だからこそ、そこで得たものは貴重で、知らなくてもよかったとは思わない。
わたしが居ることに価値を見出してくれる人たちがいることを、知ってる。
それだけでも充分、この場所に勤めてきた甲斐があった。

・・・まだ心の底からそう言うことはできないけれど、いつか本気でそう思える日がくるといい。
他人から与えられる言葉ではなく、わたし自身がそう言える日がくるといい。
あと、半月。
『立つ鳥跡を濁さず』の心積もりで残りの日を過ごそうと思います。

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by gekka131 | 2006-11-11 20:52 | 日記

命 傷 死



エキサイトでニュースを見た時、気になった記事が3件。

<子猫殺し>直木賞作家・坂東さんがエッセーで告白
傘で目突いた女を逮捕 京王百貨店新宿店の催事場
<殺人事件>談笑中の高校生、男に襲われ2人死傷 宮崎

関連性はないようで、だけど無視することはできませんでした。
傷害事件、殺人事件、子猫殺し...他者を傷つけ、命を奪う。
理由なんかあるんだろうか。 後付されたものではなくて、傷つけたり命を奪ったりするほどの強烈なエネルギーを持つ理由。
へんな言い方かもしれないけれど、誰かを傷つけたりするのは、勇気が要る。
だけど、突発的な行動にはそんなもの要らないのかも。
必要なのは瞬間的な爆発力だけで充分なのかも。
宮崎で高校生を死傷した男はその類じゃないのかな。
「キレる」のは若者だけじゃないよ。もっと怖い大人だって、大勢いる。

直木賞作家の坂東さんは、「避妊手術も、生まれてすぐの子猫を殺すことも同じことだ」と主張しているらしい。
そうかな、わたしは違うと思う。
子猫を産ませて、すぐに捨てる? それは、産まなきゃ可愛そうだから産ませてあげたのよ、とか、産まれてこれただけでも充分でしょ、って言っているように聞こえる。
うちにも猫を今1匹飼っていて、昔はもう1匹居て、子猫をたくさん産んでました。
最初のうちは一緒に住んでいたけれど、やっぱりどうしてもそれ以上は無理になって、避妊手術を受けさせました。
それを人間のエゴだという人もいるかもしれないけど、家猫である以上、猫に対する責任があります。
手に負えなくなるとわかっていて、あとになって引き離すことになるだろうとわかっていて、それでも産ませてあげることがいいことなのかは、わかりませんでした。
自分の子どもと引き離された親猫は、その子を探します。
何度も見たい光景じゃないです、その姿は。

多くの死を見て、死に慣れてしまう人。
多くの死を見て、死の怖さを知る人。
慣れた人は、いつか自分でも平気になるかもしれない。
怖さを知った人は、今まで以上に周りの命を大切に思えるようになると、いいな。

異常さなんて、きっと誰もが持っていて、誰でも『誰か』から見れば異常なところがあるんだろう。
それを自分の中で消化し切れずに(あるいはその気もなく)外に向かって発信したがる人は、世間から白い目を向けられる。牙を向けられる。
自分の中でのみ展開するのなら、それは他人が口出しするべきことではないけど。
坂東さんに賛同する人もいるんだろうな。
それに対してどうこう言う権利はないけど、もしわたしの周りにいるのだとしたら、その人との縁はそれまでになる。

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by gekka131 | 2006-08-24 11:15 | 何となく考えること

眾多的別人



沉默不談

寡黙を美とし、徳とすることはあるだろうか。
不用意な発言は混乱を招き、時に人を傷つけ、自らをも窮地に陥れる。

けれど、語らずして伝わることの如何に稀少なことか。
伝えたつもりで届かなかった想い。
理解したつもりで見当違いの解釈をしていたこと。
それに気づかぬまますれ違い、道を違えたことはなかっただろうか。
他人である限り、2度とは交わらぬ道かも知れぬのに。

  沈黙は不安を呼び、不安は疑心を呼び覚ます。
  疑心は不審と変わり、やがて不審は不信となる。
  そして、それすらも風化する頃には、もはや関心すら失っていた。


自由的人

他人に対して、理解を求めることは不毛なことか。
彼らはしょせん己ではなく、すべてを解することもなく、すべてを肯定することもない。

それでも望むのは愚かなことか。
醜さも愚かしさも身勝手さも、素直さも感情も容姿すらも。
そのすべてを認めてほしいと望むのは。

刹那的な変化など、望まない。
劇的な変化など、望まない。
ただ心穏やかに、自由でありたいと願う。

理解などされなくてもよいと言い切り、見事我が道を突き進む者よ。
その道は自由か。
束縛はないか。
怒りは、憎しみは、哀しみはないか。
後悔はないか。

その道は幸福か。

その道は孤独でないか。

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眾多的別人 → 大勢の他人
沉默不談 → 黙して語らず
自由的人 → 自由な人

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by gekka131 | 2006-08-21 13:01 | 浮かんだあれこれ

せめて1年に1度くらいは手を合わせましょう



午後に親戚の伯父夫婦が焼香のためにいらっしゃいました。
別に遠いわけじゃないんだけど、さすがに「自転車できました」って言ったらかなりびっくりされる距離だから、会うのは久しぶり。
みんな大きくなったこともあって、年始にすら集まることがなくなって久しいのです。
焼香をしてもらって、すぐに伯父夫婦は帰ってしまったので、せっかく帰省している兄とも会えずじまい。
がっかりしてたんじゃないのかな、そうは言わなかったけど。

その後、わたしは兄の運転する車で買い物へ。
さすがに自転車で走り回りたい天気じゃなかったし、せっかくいるんだもの。使わないと(笑)
来月に迫った友人の結婚式に備えて、小物だとかバックだとか服だとかを買いにいったわけです。
といっても、ほとんど...つか全部、店の人任せだったんですけども。
...着てみせたら、絶対母が一言二言、文句(?)を言うのは目に見えているので、実はあまり家では着たくないわたしです(笑)
そして更にその後、兄とともに伯父宅へ。
父方の祖父母の仏壇が、伯父宅にあるのでした。
先日、ジャムを届けにお邪魔したことがあったのですが、焼香せずに帰ってきてしまったし...
兄もせっかく帰省しているのだし、ここ何年か会えずにいる従姉弟にも会いたいし...
理由なんかどうだっていいんですけど(笑)

いざ仏壇を前にして、わたしはある人の話を思い出しました。
新たなお葬儀をする場合、地域によっては仏壇の扉を閉めてしまうのだとか。
本当は、故人がご先祖様のもとへ行くための道だから、それはだめなんだそうです。
「閉めたかったら閉めてもいいよ」なんて仰るご住職もいらっしゃるようですが...やっぱり閉め出しはねぇ...
って、話がずれた(笑)
つまり、迎えに来てくれたご先祖様は、御仏壇の中にいるってこと、ですよね。
お盆で帰ってきた方々も...そこにいるということ、なんだろうと思うんですが。

なーんにも見えないです、わたしは。
感じることもできないし、正直に言えば、居るのかどうかなんて普段は考えもしない。
ただ御本尊を見て、位牌を見て...居るのかなぁ、なんてちらっと思いましたけど。

普段は1日中灯っているわけじゃない、蝋燭の明かり。
お焼香したらすぐに消してしまう、1対の炎。
最近は、蝋燭を象った電球みたいなのがあって、それを使う家も多いらしい(かくいう伯父の家もそうだった)
だけどこれって、一体何のために灯しているんだろう。
お盆の迎え火はわかるんだけど。
普段は居ない人のために灯しているの?
それとも、普段もそこに居る人のために灯すべきなの?

...何だかよくわからない世界だなぁ。
生きている人間のすることだから、それも当然なのかもしれないけど。

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by gekka131 | 2006-08-14 23:30 | 日記

メメントモリ



   「死と生との境界線は曖昧だ」


重たい身体を従えて ただ繰り返すだけの1日を終えた時

わたしは1つの小さな死を迎える

それは 生ある者すべてに許されし 深淵の安らぎ


今 1つの小さな死が始まり  1つの小さな生が終わりを告げた

されどその者 二度と生を終わることは無く

二度と死を始めることも無い


白木の箱を最期の床とし  その中で目を閉じた貴方を見送った

小さく 白く 軽くなった貴方だったものを見て

「終わったね」

と 呟いたわたしの手を 貴方が握ってくれた



   生と死と その境界は曖昧であると 唱えた人が居て
   きっとその人は 生きながらにして死んでいたのだろう と 
   誰かが 嗤った


 「メメント モリ
             死を想え」


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「死を想え=生を想え」

わたしはそう解釈しています。
そう思いたいだけ、とも言いますが。
何となく浮かんできましたが、この言葉は好きです。

【23:00 加筆修正】
好きです、っていうと何か不気味なんで。
意味そのものが好きというよりは、響き、が好きです。
何だか妙に、甘美な響きに思えることが、あるのです。

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by gekka131 | 2006-08-12 11:54 | 浮かんだあれこれ

厳しく、喜びがあるもの



それが仕事なんだと思うと、言った人がいる。
しんどいことが多くて、辛いと思って、それでもそれを払拭して余りある喜びを味わうことができるんだと。
そういう点に於いて、サービス業はその喜びがわかりやすいものだと思う。
たとえば、お客さんに「ありがとう」って言ってもらえるだけでもいい。
いつも言ってくれる人の言葉も嬉しいけど、普段は何も言わない人だとか、まるで知らない人だとかに言われたら、もっと嬉しい。
自分のしたことで、誰かが「嬉しい」と思ってくれた。
ただそれだけのこと。
単純なことだからこそ、強いことだった。


今日は久しぶりの休みだった。
お互いに仕事のストレスを持ち合って、久しぶりなのに険悪な空気になってしまった。
悔しくて、悲しくて、何でこんなことになるんだろうと思ったら、泣けてきた。
お互いにあまりに余裕がなさすぎた。
喧嘩すらもできずに、ただただ無言の時間が長かった。
言いたいことをぶつけ合えば解決するような、そんな単純なすれ違いではなかった。
悲しかった。

いつまでこんな時間を持てば気が済むんだろう。
互いの距離感がわからなくなって、互いに望んでいることが見えなくなってしまう前に。

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by gekka131 | 2006-08-05 23:30 | 何となく考えること

人生何が起きるかわからない



そりゃね、よく言いますよこんな台詞。
で、まったく以ってその通りだし、「数分前までこんなことになるなんて考えてもいなかった」なんてことは、ホントによくあることです。
すごい呑気に構えてた自分を(なぜか)ぶん殴りたくなるぐらい、一気に修羅場になったりね。
「何とかなりますよー」なんてにこにこ答えてた自分を...以下同文。
『予定』なんて、立てれば立てるだけ潰れる...なんてこともあるわけだし。
『日常』なんて、いつ破られるかわからないのだし。


だけど、惨いと思った。


最初は、何も思わなかったのに。

「そうなんですか、知りませんでした」なんて言ってたくせに。


わかったら、怖くなった。

ぞっとした。

あまりの偶然に背筋が寒くなって、嫌な気持ちがむくむく湧いてきて

考えるのをやめた。


知らないふりで目を瞑っていることなんて、案外簡単にできるものだった

何も知らなかったままではいられないにしても

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by gekka131 | 2006-08-01 23:30 | 日記

花火とか花火大会とか



ここ連日連夜、施行が入っていたため、ことごとく休みが潰れました...
今日は安倍川の花火大会があったのに... 行けるだけの気力も時間もなくなっちゃいました。
さすがに音も聞こえなければ見えるはずもなく...
今年は地元のお祭りともぶつからなかったようです。
おかげでというか、すごく静か。
地元の会場花火大会は来月の頭なんですが、そっちの方は休めるといいなぁ...

そういえば、ここ数年というもの、近所で花火をやっている光景を見かけなくなりました。
昔は、「今日は花火やるぞー」とか言って、早めに夕食とお風呂とを済ませては、近所の家に声をかけまくってました。
隣近所に声をかけて参加してもらっていれば、近所迷惑とかにはならないわけですし(笑)
さすがに打ち上げとかはなくて、手持ちか地面に置くタイプか、棒に引っ掛けるタイプのどれかだったけど、暗くなってからみんなで集まってという感覚が楽しかったように思います。
最近はホントにそういうのないなぁと。
まぁ、うちの近所にもう小さな子がいないというのも大きいんだろうけど。

ちなみに、ロケット花火はどうも好きになれません。
うるさいし、危ないし、片付けないし。
昼間とかに残骸を見つけると、ちょっといやな気分になります。
...心が狭いだけ?(笑)

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by gekka131 | 2006-07-29 20:20 | 日記

遠い記憶


昨日、今日と、知人の誕生日が続きました。
といっても、今日誕生日を迎えた人は四国に住んでいるので、その日にプレゼントを手渡しなんて真似は絶対できないんですけども。
その代わり、というか、昨夜電話をしました。
すっごく久しぶりに声を聞いたのだけれど、全然変わってない。
わたしたちが道を違えてからもう何年も経っているのだけれど、先日、当時の友人から結婚式の招待状が届きまして。
場所が兵庫なので、ちとばかし辛いんですけども。
でも、音沙汰なかった子なので。
「元気だったのか」とか、「何しとったん」とか、いろいろ思うこともあるわけで。
それでも、「よかった」という安堵の気持ちと「おめでとう」の気持ちの方が先にありました。

わたしは(どちらかと言えば)東。
彼女たちは西。
4年の歳月を過ごした場所は、わたしにとって気軽に足を運べる場所ではなくなっている。
人伝に、あるいは本人たちから、今あの街がどうなっているだとか、誰それがどうなっているだとか聞かされるのは、嬉しいと思う反面、やはり寂しい、悔しいと思う。
それでも、知らずにいるよりは幸福なのだとも、思う。

数年前、友人という枠すら取り外してしまった人がいる。
彼女がわたしに宛てた手紙にあった、1つの言葉を思い出す。
今度のことが、あの頃の『いつか』になるのだろうか。
わたしは......そして、彼女は どう変わっているのだろう。

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by gekka131 | 2006-07-19 12:08 | 日記

そういえばさ


昨日って七夕だったじゃん。
もうすっかり忘れてた...つーかそれどころじゃなかったよ。
「あー...今日は久々に21時前に帰れる~♪」とか言ってたよ。

近所...というか、最寄駅前(全然違うし(笑))で七夕祭りをやってるそうです。
まぁ、これって毎年恒例なんだけど。
今日の21:00のニュースで、そんなことをちらっとやってて、むしろそっちにびっくりした(笑)
そういえば、何だかここ数年、やたらと浴衣姿の人を見かけるようになりました。こういうお祭りで。
わたしも、浴衣ってこういう時期でないと着れないから、すごーーーーく好きなんですが、如何せん、1人では着れないというナサケナイ事情がありまして。
特に帯とかさぁ...結べないんですよ、不器用すぎて(笑)
で、下駄も履き慣らしすることなんかないもんだから、絆創膏は必需品。
しかも、歩き方が下手なんだか、前もって絆創膏貼っといても、剥がれてきちゃう。
だめじゃん(笑)

短冊って、よく色つき折り紙で代用してたっけ。
ひとつひとつは大したことないのに、何だかものすごく特別なものに見えていたあの頃。
輪つなぎひとつ作るのにも、自分なりの工夫を凝らしてみたりしてた。
もう忘れちゃった。 あの頃の気持ち。
本当は、大人こそ思い出しておきたい気持ちなのかもしれないのに。

疲れたのかな。 それとも、当てられちゃったのかな。
持ち込んでいいことなんて絶対ないのに。

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by gekka131 | 2006-07-08 22:14 | 日記

コメント大歓迎。ただし私が不適当と感じたものは削除させて頂きます。
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