日々思うこと



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「喧嘩両成敗」



わたしは、この言葉について誤解していたのかも。

「喧嘩両成敗」
 理非を問わず、喧嘩をした者を両方とも同じように罰すること。 大辞林 第二版 (三省堂)

理非を問わず。つまり、道理に合っていること外れていることに関係なく、ってことなのか?
だとしたら、ちょっと事情が変わってきてしまうのだけれど。


連日ニュースになっている(少し下火のような気もするけれど、過去形にするにはまだまだ早い)、奈良高1放火殺人。
逮捕された16歳の長男の様子や供述、父親のコメントなど、いろいろな情報が飛び交っている。

一番初めは、親が悪いのだと思った。長男を...子どもを、自分の感覚だけで縛り付けていたような気がしたから。大体、勉強部屋をICUと呼ぶなんて辺りがもう、わたしの中で「異常」だった。
だけど、報道が重ねられていくうちに、長男に対しても、非好意的な部分が出てきた。
サッカーが見たくて民家に忍び込んだだとか、あげく居間でテレビを見ていたところを見つかっただとか。
ありえない。信じられない。何なんだこいつは。
そう思った。
父親との軋轢だとか、本当の成績を知られたくなかっただとか、正直「そんなことで殺すなよ」と思わないわけではなかったけれど(成績が云々という件は特に)、彼が感じた痛みや恐怖をわたしは知らない。
第3者から見れば "そんなこと" でも、本人にとっては耐え難いことだったりする...むしろ、そんなのばっかりだ。その人のことはその人にしかわからないんだから。
だけど、それを差し引いても...好意的には見れない行為だった。

取調べの合間、ハリーポッターの本を熱心に読んでいる。

その辺りにも首を捻る。 罪の意識に押しつぶされろ、なんて言うわけじゃないけど、彼は本当に自分のしたことがわかっているんだろうか。
3人の命を奪ったということがどういうことか、本当に自分の心で感じているんだろうか。


わたしは親じゃないし、親にレールを敷かれた子どもでもないから、どちらが悪いのかだとか、どうすればよかっただとか、正直なところよくわからない。
ただ、起きてしまった現実だけしかわからない。
家が焼かれ、3人の命が奪われ、少年は逮捕された。
これだけが、もう覆しようのない事実で、現実だ。
リセットなんかできない。

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by gekka131 | 2006-06-25 18:16 | 何となく考えること

そろそろ水道代が勿体ないと思う今日この頃


わたしの職場は、1人で過ごすにはあまりにだだっ広い。
聞こえてくる音といえば、目の前を通る車、換気扇、一応自動らしいトイレの流水音。
...ぐらい、かな。
先の2つはいいとして、3つ目に関しては少々困っておりますが。
だってさ、どう見たってわたししかいないのに、どうして男性用トイレの水が頻繁に流れるわけ。しかも立て続けに。故障? 早すぎだよ。まだ4ヶ月弱しか経ってないっつの。
一度業者さん呼んで、ちゃんと見てもらった方がいいのかなぁ...
毎日毎日景気よく流れてくれてるけど、水道代だってばかにならないんだから。

たまーにお客様がいらっしゃるけれど、それって10日に1人くればいいような頻度だし、あとは業者さんや運送会社の人や会社関係の人。遊びにきてるのか仕事ついでに寄ったのか知りませんが、暇なんだろうとは思う。そうじゃなきゃ来るもんか、こんな何もないところ。
「いいとこだよねぇ、のんびりしてて」
それって褒め言葉じゃないですよね?
本当なら、人がわしゃわしゃいるぐらいじゃないと、仕事として成り立たないのにこんな職場。
まあ、確かにのんびりはしてますけども。午後とかヤバイもの、眠くて眠くて眠くて。うっかり控室の掃除なんか手出したらおしまい。畳の上でごろんと眠りたい...ネコのように。

そんなこんなで(何が)、普段は人の気配がほとんどないわたしの職場。
仕事もないのに、とりあえず「万が一のため」に、開けておかなければいけないところ。
基本的に、あんまり細かいことは気にしないわたしですら眉をひそめたくなる...多分、半数ぐらいの人が「それはどうよ」って言いそうな立地条件。
残りの半数は「いいじゃない、お客さんが目の前にいるから仕事がすぐにもらえて」なんて、これまた眉をひそめること平気で言うんだけど。悪気ないんだろうねぇ、わたしは不愉快だけど。

とりあえず、最低でも1年勤続決定で、多分、惰性でそのままずるずる続けるだろう、わたしの職場は、人生最後の儀式を執り行うところ。
ご遺族の皆様には、心穏やかに最後の時をお過ごしくださいますよう、誠心誠意努めさせて頂きます。
また、故人様のご冥福をお祈り申し上げます。

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by gekka131 | 2006-06-15 14:57 | 日記

蛇足的補足



わたしは、表サイトをご覧になってくださった方はわかると思いますが、一応、お題配布なんてものをしております。
で、サイト開設当初はそりゃもうものすごい勢いで増殖させてたもので、今になって見てみると、一体このときのわたしはどういう気持ちでこの表現を選んだんだ、と首を捻りたくなるようなものが多いことに気づきました(笑)
いや、笑いごとじゃないんだけど。

言葉は口を離れた瞬間、語った人間のものではなく、
受け止めた人間のものになる

...なんか前も似たようなこと書きましたし、実はこれはとある小説に似たようなフレーズというか、意味合いの文章が登場するんですが。
確かにその通りなので、別に『説明』なんか要らないとわけですホントは。
その単語や表現をどう解釈しようと、誰かに当てはめてみようと、それは受取側の自由ですから。
ただ、わたしはそのときの自分が何を思っていたのかを忘れたくないので、せっかくだから此処を活用させてもらおうかと。
いや、普通に覚えていればいいんだけど、わたしの記憶力って絶望的で。
というか、もしかしたら刹那主義なのかもしれないし、ただ単に興味がないだけなのかもしれないけれど、持続しないんですよね、あらゆる"記憶"が。
中には一応無駄によく覚えてるものもあるんで、やっぱり自分自身の意識の問題なんだろうけど、今すぐ改善できる事柄ではないですから。

ああ、やっぱり言い訳にしか見えない上に、かなりどうでもいいんだけど(笑)
とりあえず、一番新しいやつ辺りから、解説くっつけることにします。
お題配布ページからもリンク張っといたほうがいいかなぁ~...一応。

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by gekka131 | 2006-06-08 13:35 | サイト関係

呆れた...

<教諭送検>「キャバクラ行きたかった」勤務先から現金盗む Excite エキサイト : 社会ニュース

幸いといいますか、わたしの学生時代、担任や教科担当だった教師は(少なくともわたしにとっては)「いい人」であり「いい先生」でした。
そして、わたしの兄も今、教師をしています。
だからでしょうか、どうしても教師という存在を美化して考えがちかもしれません。
上記のようなニュースを見ると、何だかしみじみとそれを感じます。

お金が欲しい、という欲望は、きっと大半の人が切り離せない望みじゃないかと思います。
わたしだって欲しいです。頭では「これ買うのは、多分無駄遣いだよな」とか思いつつ、でもつい買っちゃうなんてこと、多いから。
でもね、自分が『欲しいから』他人から奪う、盗むなんてのは、一体幾つのオコチャマの話? って、思うの。

中学の頃、わたしは親の財布からお金を抜いたことが何度もあった。
本当は知られていたと思うけど、面と向かって問い質されたのは多分片手で足りるほど。少ないなと思う。
だけど、今思い返すと、あんまり怒られないからほっとしていた自分を殴りたいぐらい恥ずかしい。殴るぐらいじゃ足りないかも。恥ずかしくて、情けなくてしょうがない。

このニュースになった男性教諭は、恥ずかしくないんだろうか。
自分を生んで育ててくれた両親に対して、家族に対して、そして何よりも、生徒たちに対して。


まあ...言葉の意味はどうであれ、少なくとも『生徒の記憶に残る先生』にはなったんじゃないかと思いますが。

不祥事のたびに思うことですが、多くの先生方の中には必ず、教諭という立場で一生懸命に、本当に真摯に頑張っている人たちがちゃんといるんだってこと、忘れないでいたいと思います。
願わくば、兄もその1人であるように。そして、生徒たちの記憶にいい形で残してもらえる先生が1人でも多くなるように。


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by gekka131 | 2006-06-04 09:25 | ちょっと一言

言葉の難しさ



誰かと話すとき、ものすごく痛感するもの。
当たり前なのだけれど、わたしの思惑...というか、考え方というか...は、必ずしもその通りに相手に伝わるわけではない。
むしろ、別の受け取り方をされる方が多いんじゃないだろうか?

だけど、それはもうしょうがない。
できるだけ簡単な言葉で...と思うけれど、何とか自分の感じ方がそのまま相手にも伝わるように、と思ってしまうもの。
それが却って曲解される原因じゃないかなーなんて思ったりもするんだけど。
まぁ、わたしの場合は余分な言葉が多すぎるってこともあるんだろうな。
もう基本的に下手なんだろう、しゃべることが。

「怒ること」と「叱ること」
「悩むこと」と「考えること」
何だか似たような感じがするけど、実際は大違いだ。
よく言われるよ、わたし。
『考えるのはいいけど悩むなよ』って。
自分でも言ってた時期がある。
『考えることは無駄じゃない。でも、悩むことは無駄だ』って。
...多分、本当の意味で『無駄』なんてこと、ないんだろうなって思うけど。
でも、それを実感として納得するまではいってない。

『悩む』ってことは、堂々巡りに似てる。多分、感情的になってる部分が多いからじゃないだろうか。
別の選択肢が見つからなくて、あーでもないこーでもないってひたすらぐるぐるしている感じ。
そうしている時って、やっぱり焦ってしまうし苛々するし。いいことない。
だから、そうしていた時間が勿体なかった、って思ってしまう。
それはやっぱり『無駄』だったんだろうなって結論に行き着いてしまう。
ほーら、やっぱり納得してない(笑)

考えながらしゃべること、わたしはそれがとても苦手。
その時に浮かんだこと、思ったこと、考えたこと。それが、その時はわたしの『意見』。
他の人の意見を聞いて、「ああ、なるほど確かに」って思ったり、「それはちょっと違うんじゃないかなー」って思ったりすると、またその時の『わたしの意見』ができあがる。
だけどそれは、どちらも『結論』じゃない。わたしが納得した『答え』じゃない。

...本当は、そんな中途半端なものを、こうして人目につく場所に記すこと自体、間違っているのかもしれない。
でも『その時』に感じたことは、『その時』にしか書けないし言えない。
わたしは、それらをちゃんと記憶にとどめておくなんてことができないから、あとで考える材料にするためにも、やっぱりその都度、書き留めておきたいと思う。

...なんて、そんなことばっかするから、脈絡なかったり矛盾した文章になるんだろうけど(笑)

言葉は難しい。
口にした瞬間、それはわたしから離れて、それを受け取った人の中で処理され、意味を持つ。
その処理過程で使われる材料は、それこそ千差万別で、何となくでも伝わっていたり、あるいはまったく別の受け取り方をされたりする。
その意見をぶつけ合ったところで、互いを理解するなんてこと、きっとできない。

本当に、とても難しい。
人間も、言葉も、感情も。

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by gekka131 | 2006-05-29 23:00 | 何となく考えること

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